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ビルの一階をリノベーションした「IN THE PAST」が完成しました(厳密に言うと、まだちょこちょこと工事が残っていますが、生活するぶんには困ったところはありません)。大きなショーウィンドー、大きなキッチン、大きなテーブルがある僕たちの新しい場所です。

さて、場所を持ったことで『情報発信』の方法をどうするか。この何ヶ月間か随分と考えました。そして、あれこれ考えた結果、昔ながらの方法を採用することにしました。フリーペーパーの発行をメインにやってみたい。それというのも10代の頃に体験したことが大いに関係しています。

僕は17歳まで福岡県の豊前市で暮らしていました。今から30年も前のことですから、かなり昔のことです。インターネットも携帯もなかった時代です。情報を手に入れる手段は、新聞・ラジオ・テレビ・雑誌や本です。あるいは、友人や誰かの話からも。懐古主義かも知れませんが、そうして得た情報には体温があったように思います。僕の場合、主に書店に通って情報収集していたように思います。母親も本を買うためのお金はあまり渋りませんでした。

中津という町に明屋書店という本屋がありました。僕の住んでいる町から三駅ほど離れており、お昼から閉店までいたように思います。書物の他にレコードやミュージックテープも置いていて小さな町の書店よりも充実していました。明屋書店は、田舎に住む僕にとって、唯一、文化の香りのする場所だったわけです。所謂、メインストリームの情報は、中央で出版されていた本や雑誌から得ていましたが、その他に地元の若者(僕よりは随分上の世代でしたが)が作っていた、無料で持ち帰えることができるミニコミ誌、今で言えば、ZINEが置いてあり、そこから多大な影響を受けたのです。今思えば、漫画を題材にしたミニコミ誌だったと思います。当時、漫画と言えば、週刊ジャンプ・マガジン・サンデーが主流でしが、そのミニコミ誌には、つげ義春、諸星大二郎、といったガロ系の作家、漫画アクション、漫画奇想天外などのマイナー雑誌に寄稿していた大友克洋といったニューウェーブの作家などを特集に取り上げていて、メインストリームにはない世界観に、僕はすっかりはまってしまったのです。以降、僕の趣味は大きく変わって、スターログという雑誌を買いそろえ、ジャン・ジロー(メビウス)やエマニュエル・ギベールといった作家のグラフィック・ノベルと呼ばれる、ストーリーも絵もシリアスで芸術性の高い作品を嗜好するようになりました。またそこから派生して、別のカルチャーを取り込んでいくといったような、幾つもの細胞分裂を経るきっかけになったのが、そのミニコミ誌だったのです。そうした田舎町にいる少数派でマージナルな人たちによって自分の世界が広がるという、僕にとってその原初的とも言える体験でした。

今回、発行する折り本「イン・ザ・パスト」(別冊/上記写真)は、僕らが何者で、この街でこの場所にどういうアイディアを持っているのかといった、IN THE PASTのステートメントをまとめたものですが、今後は、Hello, world! (直訳すると、「こんにちは、世界」ですが、これには「世界は美しい」というニュアンスを込めています)をテーマに、ジャンルを問わず、様々な特集を企画したり、IN THE PASTで行うイベント情報などを掲載していく考えです。大牟田市内、福岡市内、熊本市内各所にて配布します。配布先など詳細は、IN THE PASTのフェイスブックページなどでお知らせしますね。
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マオさんとアーロンが (Click!) 日本中をあちこち旅している。京都にいるかと思うと岡山に。岡山から別府。別府から湯布院、湯布院から福岡。福岡にいるかと思えば、もう兵庫にいる。Instagramで、彼らの縦横無尽に移動するポストを観ていると、こちらまで旅をしているような心持ちになる。そんなマオさんとアーロンから、またプレゼントが届いた。時間が無くて二人には会えないけれど、僕らは日本にいるよ、という彼らなりの挨拶。

お母さんと植えたバジルが大きくなった。毎年、せっせとジェノベーゼにしてもらってから、それを頂いていた。今年は、一緒に育て、沢山、ジェノベーゼソーズをつくる予定。来年の4月〜5月頃まで、ソースのストックが出来る算段である。トマトソースには欠かすことができないし、何しろ、僕は、自分が入る棺には、呉々もバジルを入れてくれと、常々、周囲に頼んでいるくらい、バジルが好きである。本気にして貰えないから、懲りずに言い続けておかないと、到頭、つまらん花を入れられては、一生頭を掻き毟る羽目になる。

大牟田に来ても、相変わらず外で食べることは少ない。近くの居酒屋とイタリアン、商店街に新しくできた中華料理のお店に行ったくらいで、やはり家で作って食べる料理が一番美味しい。しかし、豚骨ラーメンというやつは、突如の如く食欲を刺激し、頭の中で食べたい、と一寸でも油断したが最後、もう何が何でも食べたくなるものだ。
最後に豚骨ラーメンを食べたのは、確か、昨年の三月頃。箱崎宮の近くの花山という屋台だった。無化調で舌にも胃にも優しかった。ここのところ無性に豚骨ラーメンが食べたくなっていた上に、お母さんが一人抜け駆けして、福龍軒に行ったと聞いてからは、もうずっと福龍軒のことしか考えられなくなっていたが、先日、漸く、念願の大牟田ラーメンを腹中に収めることができた。麺が少し柔らかいのが気になったけれど、スープは塩辛くなく、円やかで、臭味がない。それは店の中も同じで、大変清潔で、豚骨独特の臭いは何も感じない。昼時ということもあってか、店内は大層混雑していたけれど、活気のあるお店は、逆に居心地が良いから不思議なものだ。因みに麺は「硬麺」と言い付けると、気軽に応じて呉れる。

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先週、ビャガーデン博多屋がオープンしました。お店を切り盛りしているのは、小岱瑞穂窯の二代目窯主、福田るいさん。祖父の時代から現在まで約70年続く老舗。ここがオープンするのが、どれ程待ち遠しかったことか!九月まで期間限定での営業となっていて、夏の間中、週末毎に通うつもりです 笑
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福田るいさんは、只今、鋭意制作中のSARAXJIJIのコンセプトブック「SARAXJIJI No.0」でも取材させてもらっていますので、もし良かったら手に取ってみてください。七月にはSARAXJIJIよりリリース予定です。
総ページ数:84ページ(A4変形版)
定価:2500円(税別)
SARAXJIJI  (Click!) 
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さて、本日、THISは設立16周年を迎えることができました。これも一重に皆様の日頃のご愛顧のお蔭だと感謝しております。そして、明日からいよいよ、商店街に面したビル一階部分のリノベーション工事が始まります。16周年を迎えた翌日に、工事が始まるというのも何だかとても感慨深いものがあります。その報告と工事の安全を祈願しに、裏にある氏神様、大牟田神社にお参りしてきました。これからは毎月一日と十五日に御挨拶に伺おうと考えています。
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このブログでも何度か書いたことがあるのですが、 (Click!) 僕らを形成している全ての時間の総称である「過去」に因んで、一階の空間は「IN THE PAST」にしました。詳細は、まだこれから考えていきますが、ショップやギャラリー、イベント、ワークショップなどを時々企画して、〝出来事と経験〟を肥やす空間になったらと考えています。 (Click!) 、そして、IN THE PASTが発行するフリーペーパーの発行も予定しています。うまく行けば、今月中には、大牟田市内、福岡市内各所での配布を考えています。あくまでも予定ですが。

フリーペーパーは、Hello, World!をテーマに、その時々の僕らの関心、考えなどを、ヴィジュアルとテクストで伝える折り本で、年間1、2回程度発行していく予定です。配布先など詳細情報はフェイスブックページ (Click!) にてお知らせ致します。
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先月28日、福岡市から大牟田市へ引っ越しました。

仕事先の殆どが福岡県以外ということもあり、打ち合わせのために顔を合わせることも少なく、ネットと携帯さえ繫がれば仕事場は福岡でなくてもどこでもいいという環境が数年前から整っていました。また、デザインの仕事だけでなく、PERMANENTをはじめ他の活動を行うための場所が必要になっていたこともあって、本格的に物件探しを始めたのが3,4年前からでした。最初はうきはや吉井あたりののどかな田舎などに物件を探してみたのですが、これという出会いがなく、思案の末に選んだのが妻の実家がある大牟田だったというわけです。

実家は商店街に面した古い三階建てのビルで、一番上に妻の両親が住んでいます。僕たちは一階を改装して、そこに新しい拠点を作る計画を立てています。そこは15年前まで両親が生活雑貨と調理用具のお店を営んでいた場所です。

お店の前には街一番のデパート(松屋)がありましたが、今は建て壊されて駐車場になってしまいました。商店街はシャッターが閉められていて人通りは殆どありません。しかし、僕はシャッターが閉まったままの今の大牟田しか知りませんし、自分的にはとても心地の良い静かな場所です。

夕陽が沈む頃、影は一斉に東に伸びて、まるで、デ・キリコの絵画のようにシュールな表情を浮かべます。至るところに見られる壊れかけの建物を保護するためのシートは、クリストとジャンヌ=クロードの仕事を彷彿とさせますし、写真写りの良いサーフェス(表面)になっています。アスファルトはどこも劣化していて、雨が降ると水溜まりになってとても歩き辛い。けれども何もかもが綺麗に整備された街に比べると退屈しませんし、寧ろ身体感覚が刺激されるのだと気がつきました。
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ここに夏頃完成する僕たちの空間(スタジオ)が、この街とどんな関係を築いていくのだろう、と散歩をしながら、度々、考えています。僕たちがやろうとしていることが、どれほどの価値があることなのは分かりませんが、ROAST (Click!) やPERMANENT (Click!) の時のように、好奇心と直感に従い「出来事と経験」を肥やせる機会を、一つでも多く作っていける空間になればいいなと考えています。もちろん一番は僕たち自身のためにそうしたいのですが。

そんなことを考えていた時に、ふとある言葉が脳裡に蘇ってきました。それは、2005年 スタンフォード大学の卒業式で行ったApple創設者スティーブ・ジョブズ氏のスピーチの中の一節です。最後にその言葉を下記に引用しておきたいと思います。

〝点と点の繋がりは予測できません。後で振り返って、点の繋がりに気付くのです。今やっていることがどこかに繋がると信じてください。何かを信じてください。あなたの根性、運命、業、何でも構いません。その点がどこかに繋がると信じていれば、他の人と違う道を歩いていても自信を持って歩き通せるからです。それが人生に違いをもたらします〟



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昨年6月に広島のCite' で見た小山さんの作品「木円」があの時以来ずっと気になっていて (Click!) 、元日から同ギャラリーで開催の『小山剛 木工展 「33の木々」』 (Click!) を観に行った。新しい年を迎えて、元旦の雰囲気だけでも味わいたかったので簡単にお節と雑煮を食べて車に乗り込んだ。11時に家を出て広島に着いたのが15時半。なんとなく想定していたのだけれど、元日は車の混雑が少なく、やはり正月に動くなら一日が正解だと思う。(但し、神社以外の場所に限るだろうけど)何より、馬鹿みたいに天気が良くてドライブにはうってつけだった。

小山さんに会うのは実に4年半振り。香川で一瞥しただけだったが、今日までゆるやかに繋がっていられたのは、言うまでもなく彼が産み出す作品が素晴らしかったことと、SNSの恩恵といえるだろう。

重力を無くしたように中空に浮かぶ「木円」は、小山さんの飄々とした掴み所のない雰囲気とどこか似ている。4年前は、盆や皿といった日常の道具を作っていて・・・まあ、それは今も制作しているのだけれど、この「木円」はそういった道具としての機能は排除されていて、彼の作品群からは一線を画した唐突な印象を感じたのだが、何故かとても気になる作品だった。しかし、しばらくオブジェクトを眺めていて、はたと気がついたのだ。楽茶碗や茶匙などの茶道具を作っていた彼ならば、きっと茶道に通じているはず。だから、もしかしたら茶席の掛け物で使われる禅の書画「円相(円窓)」から「木円」のモチーフを得たのではないかと考えが及んだ。それで少し円相について調べてみた。

〝円相とは空・風・火・地を含む世界の全体、究極の姿をあらわしたものと言われ、悟りや真理を象徴的に表現した形だと考えられている。また、円は欠けることも、余すところもない完全な形状をしているところから、始まりもなければ終わりもない無限の宇宙の象徴でもある。しかし、悟りの境地を説明したり、文字で表現したりすることが禁じられている禅に於いて、「円」がどのように見えるかは見る者の解釈に任されている。(※円窓と書いて「己の心をうつす窓」という意味で用いられることもある)〟

もしも、一枚の木板から刳りぬいたこの「木円」が、禅を極め悟りを表す「円相」をモチーフに作られた作品だとしたら...と考えると、僕は至極合点がいくのである...。しかし、まあ、真意はどうであれ、観る側の愉しみ方は人それぞれ。寡黙に浮く円環について、多くを語るのは野暮というものかもしれない。

僕らはCite'に着いた瞬間から目に入ったお気に入りを一つ購入し、そして、そのまま福岡へと蜻蛉返りした。広島にいたのは僅か40分程度だったが、往復9時間を費やしても見る価値は十分あったと思う。僕自身、こんなふうに元日を過ごすのは48年間の人生で初めで、とても新鮮な経験だったし、かなり充実した一日を過ごせて満足だった。

そういえば、禅には「禅即行動」という言葉があるそうだ。〝考えるよりもまず「行動」する〟という意味の禅語で、今年はこの日過ごしたように、自分の心に何か蠢くものを感じたら躊躇することなく、〝思い立ったが吉日〟の如く、考える前に動く、「禅即行動」の一年にしたいと思うのである。