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12月25日。世間ではきっと思い思いのクリスマスを楽しんでいることだろう。

今日、僕は48歳になった。ようやく本当の「年男」だ…と言っても、6日後には酉年になってしまう。だからと言うわけではないが、誕生日の晩餐は〝鶏〟を食べることにした。

数年前から、僕の誕生日には「僕が食べたいものを僕が料理する」ことになっている。前日から近くの精肉店で予め買っておいた三羽分の鶏がらを、きばって4時間炊いて濃厚な白湯スープを摂り、博多風の水炊きを拵えた。見事に白濁したスープは最高の出来。このスープでラーメンを作ったら一体どうなってしまうんだろうね、と二人で話ながら鍋を突いた。

◎経験の唄

長畑君からいつものように誕生日のメッセージとYoutubeのリンクが届いた。iPhoneから流れてきたのは「経験の唄」という僕がとても大好きな曲のミュージックビデオだった。しかも、僕はその曲を数日前に聴いたばかりだったから、相変わらず彼はジャストタイミングな選曲をするなあと感心した。

そもそも、この曲はどんな思いで作られたのだろうと気になって、ネットで調べてみると誰かが書いた「経験の唄」についてのライナーノーツを見つけた。そこには〝共にあるものすべてへの限りない慈しみと赦し、そこにあるものを受け入れると同時にそこで出来る限りの誠実な生を生きようとする意志〟と書いてある。もちろん、オフィシャルなライナーノーツではないから真意の程は定かではない。

前項の「IN THE PAST (Click!) 」を書くときに、僕は「出来事と経験」を包括できる言葉を探していた。特に「経験」については、僕がローストやPERMANENTを始めてから特に意識してきたキーワードだった。その意識の燃焼にあらたな薪を焚べるように、ある時、僕の目の前にふと立ち現れてきた3つのエピソードについて下記に記しておきたい。

◎「経験」に関する三つのピース

①小澤征爾の言葉
小澤征爾が食道癌の治療から復帰した頃だったので数年前になるが、テレビのインタビューの中で若い人に向けて次のようなメッセージを伝えていたのがとても強く印象に残っている。「テレビで見たり、インターネットで調べたりで世界を知った気持ちになってしまう。確かに私たちが若い頃よりもはるかに海の向こうの情報は入ってきますが、でも、それは他の誰かの体験であって、自分自身の経験ではありません」。

②映画「ベルリン・天使の詩」
人間になったばかりの堕天使ダミエルが20年前まで天使だったピーター・フォークにこんなことを言う「もっと話を!知りたいんだ (この世界のことを)何もかも!」。ピーター・フォークはそんなダミエルに「自分で発見しろ 面白いよ」と言った。

③NHKのドキュメンタリー番組
(前置きが長くなるんだけど・・・)2、3ヶ月前くらいだったと思う。NHK「フェイス」という番組で『フロム・アメリカ〜彼らがヒロシマで見つけたもの〜』というドキュメンタリーを観た。最近、広島市を訪れる外国人観光客が急速に増えているようだ。特に多いのがアメリカ人観光客で去年度は15万人を超えたのだという。弾みをつけたのが今年5月のオバマ大統領の歴史的な広島訪問だそう。また、アメリカの旅行ランキング口コミサイトでは、2012年、2013年と2年連続で、広島の原爆資料館が1位に「訪れて良かった日本の場所」として毎年上位に入っている、“その訪問を忘れることが出来ない”“本当に考えさせられる”と、外国人の増加に拍車をかけていると言われている。

番組では、増え続けるアメリカ人観光客の一日に密着。彼らはどこで、誰と出会い、何を感じていくのか。体験を語る被爆者や、広島にやってきて人生観を変えたアメリカ人教師の姿を通して、彼らが“ヒロシマ”で見つけるものとは何かを探っている。その中で、アメリカ人教師がこんなことを言ったのだ。「僕は先生ですが、一番いい先生は「経験」だと思う。いくら本を読んで頭でわかっていても、心で感じないと・・・」。



2011年の唐津ロースト、そしてその後のPERMANENTの活動で「フィールドワーク」の重要性を意識し始めた頃から、上記の別々のタイミングと別々の人々から「経験」についてのピース(=かけら)が手元に降りてきた。そして、来年2017年、福岡から新しい場所に移動する計画が現実味を帯びたことで、いろいろ考えを巡らしているうちに、先日のブログの内容に繋がったわけだけど、僕の誕生日に友人から送られてきたバースデーメッセージが、たまたま意識を向けていた「経験」という言葉とシンクロしたことに少し驚いたわけである。長畑君、どうもありがとう。
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最近はもっぱら過去に撮った写真を現像し直して楽しんでいる。その当時考えた写真の色味やコントラスト、明暗といったものを、今の気分に再び誂え直すといったような遊びだ。
「写真家は常に過去と付き合って、今の時間に過去を呼び出す毎日を過ごしている」とはある写真家の弁だが、これは何も写真家だけの仕事ではなさそうだ。誰にとっても過去を眺めることは今を考えることでもある。

「過去と付き合う」というと、後ろを向いているような、なにかネガティブなイメージを持つ人もいるかも知れないが、「過去」とは、現在の(或いは『これまでの』」僕たちを形作ってくれた全ての時間の総称だ。「今」という時間は刻一刻と過ぎていて、瞬く間に「過去」になってゆく。上述したように、過去を眺めることは「今(現在)」を見つめることだ。過去の文脈なくして今を語ることは出来ない。そして、重要なのは、現在の状況を踏まえ、過去の出来事や経験を今に呼び出し、その文脈の先にある「未来」の輪郭をなぞってみることだと思う。
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