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9月10日(土)快晴(実はこの日と11日は写真をほとんど撮っていない)
昨夜、野田さんと史絵さん、そして僕らで「凪」展の初日がスタートしたことを祝って、シャンパンとワインを飲んだ。野田さんが疲れていたにもかかわらず、遅くまで。
翌日は早朝から蚤の市に出掛ける予定だったけど起きる自信はまったくなかった。しかし、ちゃんと史絵さんが僕らを起こしてくれ、20分かそこらで支度をしてPorte de Vanvesまでのメトロに乗った。

規模的には中ぐらいと聞いていたヴァンブだったが、それは僕らの想像を遙かに超えていた。途中、まどかさんたちに何度か会った。「ずっと見てるうちに目が慣れて欲しいものが見つかる」と彼女は言った。それは本当にまったくその通りだった。お昼前に買いものを終えて、僕らは7区に戻った。お腹がぺこぺこだった。

パリに着いた日、ケイコさんがこの界隈のお店を教えてくれていて、特に「MARLON」のバーガーを絶賛していた。だからランチはそこでとることに。やはりここでも予約は必須だったみたいで、僕らは運良く入れたが、後からやって来たお客はことごとく断られていた。
特大のバーガーにナイフを突き刺さしてサーブされる。パリなのに超アメリカンな感じ。確かに美味しいバーガーだったんだけど、僕は半分くらいしか食べられなかった。残りの半分は千歌ちゃんが食べた。

明日は、かなり早い時間にCDGに行く予定になっていたので、言わば、今日が最終日。だからこそ、ゆっくり過ごそう。近所で買いものを済ませ、野田さんたちの顔を見に行った。
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これで最後なのかと思うと少し寂しくなってきた。漂泊する者にとって「別れ」は避けることのできないものなのだ。そして、ふとこんなことを考えた。これから先、僕はパリのことを何度思い出すだろう。その度に輪郭が曖昧になっていたり、埋もれてしまっているものがあるかも知れない。些細な記憶ほど大切にしたい、と。

だから記憶に留めておきたいことを記しておく。
・僕らのカートにガンガン当たろうが決して通路を譲らない床掃除をしていたスーパーの店員。
・スーパーの前の決まった場所にいたホームレスと黒い犬。
・アコーディオンを抱えて地下鉄に乗りこんできた老人が「パリの空の下」を演奏したこと。そして、次の駅で青年が老人にチップを手渡して電車から降りたこと。(実はこれと似た光景を僕は何度も見た)
・メトロの中の若い女性たちの小さな声で話す可愛らしいフランス語。
・アパルトマンのキッチンから見えた飛行機雲。

…そして、相変わらず道端にはタバコの吸い殻と犬の糞が落ちていた。しかしそんなものが落ちていると思えば、僕の足下にハートマークが落ちていたりする。パリはなんてロマンティックな街なんだろう。(終わり)
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9月9日(金)快晴
この日から「凪」展の初日を迎えた。
昨夜、ベルニサージュが終わってアパルトマンには僕ら4人に加え、「凪」展の主催者、Air de malice  (Click!)  のケイコさん、ルクセンブルグ在住の野田さんのご友人2人が泊まっていた。ケイコさんのアテンドで、近くのパティスリーでパンを買い、カフェでコーヒーを飲んだ。ようやくエスプレッソ以外のコーヒーが飲めた 笑

2日間の美術館巡りが終わって、僕らはのんびりと買いものに出掛けることにした。
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Grande Herboristerie Médicale
de la Place de Clichy

フランスでは健康志向、自然派志向の人々の間で頻繁に利用されるHerboristerie(エルボリストリー)。 ここでは植物の知識が豊富なHerboriste(エルボリスト)が、まるで薬局のように懇切丁寧に個人個人に合った薬用植物の調合や生成物を提案してくれるらしい。

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モンマルトルにあるサクレクール寺院へ。8年前にも来て、凄く厳かな気持になった。僕らが行ったときは冬で、人気がなかったけど、この日は大勢の観光客で賑わっていた。中に入ると美しい賛美歌が聞こえてきた。
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クロマニヨンで働くパリ出身のソムリエ、ヤンヤンから薦められていたお店。ミシュラン一つ星レストラン「Itineraires(イティネレール)」で贅沢なランチ。パリに来てようやくまともな食事にありついた 笑 静かでゆっくりした時間が流れ、約2時間かけて料理を食べ終えた。店のサービスも凄く良いし、何と言ってもトイレが綺麗。

料理に使っている野菜はすべて山下農園  (Click!)  のものだった。あの有名な蕪を使ったラム肉料理(写真三枚目)もあったし、オレンジ色のトマトの甘かったこと(写真一枚目)

パリに着いた翌日にサンジェルマンのブックストアで「農道(No Do)」という山下さんが書いた本を買っていたので、お蔭で食べた野菜の味を思い出しながら僕は読書を楽しむことが出来る。

ランチ後は、眼鏡を買いに再びメトロに乗った。しかしリサーチしていたお店はなく、二度ほどフラれ、仕方なくマレにあった眼鏡をもう一度試してみることにした。千歌ちゃんはポワラーヌのサブレを買いたいと言っていたので近くに売っているお店がないか調べてみたら、なんと北マレにポワラーヌがあるじゃないか。サブレを買って、そのまま歩いて眼鏡屋さんへ。
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「パリに行くんだったら是非CLOWN BAR (Click!) に」とクロマニヨンの市村さんから聞いていた。

それからしばらくしてFACE BOOKのタイムラインに上がってきた情報に目がいった。来月8日(土)〜10日(月・祝)の3日間、佐賀県唐津市で地産食材を使用した料理とオリジナルの有田焼を融合したイベント「DINING OUT ARITA& with LEXUS(ダイニング アウト アリタ アンド ウィズ レクサス)」が開催される。そこで腕を振るうのがCLOWN BARの日本人シェフ、渥美創太さんと知り、ますます興味を持っていた。

パリのレストランは予約が必須だったことを知らずにいた僕らは、日本にいるヤンヤンに無理を言ってもらって、「30分くらいならいいよ」ということでなんとか中に入れてもらえた。それから渥美さんがテーブルに来てくれ、前菜3品ほどであればすぐに出せるらしく、前菜メニューの下から3つを注文した 笑

適当に注文したけど、料理は本当に素晴らしかった。次に来るときはゆっくりと食事を楽しみたい。今度はちゃんと予約しよう。渥美さんの奥さまの携帯番号も聞いたし。
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9月8日(木)快晴
実はルーブル美術館に行くのは内心不安だった。
それはパリに着いた翌日、ノートルダムまで歩いたときから感じていたことだったのだが、セーヌ川沿いにルーブルの外観を見て「でかいな。無理かも」と思っていた。それに、昨日、3つの美術館を回ってクタクタだったのに、ルーブルに行ったらどうなってしまうんだろう、とつまらないことを考えていたのだ。

ナポレオン広場に着くと、やっぱり圧倒された。メインエントランスであるルーブル・ピラミッドに並んで、例の如く荷物検査。館内の案内表示でようやく日本語を見ることができた。実を言うと、ロダンにもピカソにもポンピドゥーにも日本語の案内表示はない。アジア圏では唯一「中文」と書かれた中国語のみ。パリを訪れる日本人観光客は多いはずだけど、でも逆に、日本でフランス語訳の案内表示を見かけたことはないからお互い様か。しかしパンフレットのフォントがいびつなお蔭で中国語にしか見えない 笑

それからオーディオガイドを借りるために二階の受付に並んだが、結局、オーディオガイドの操作が良く分からなかったし(Nintendo 3DS)、それに気を取られてしまって、肝心の作品に集中出来ないので早々に使うのを止めた。
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ルーブルの長い回廊を歩きながら、僕は少し複雑な思いを抱いていた。無論、圧倒的な量のコレクションについては素直に感動したし、本当に素晴らしいと思う。だけれども、古代エジプト美術を眺めながら特に感じたことがある。これを観たエジプト人はどんな気持ちになるのかな、と。10点、20点という規模ならともかく、何千、何万もの数の作品がフランスの宮殿であった美術館に展示されているのは、どんな気持ちなんだろう。

日本で言えば、北斎や伊藤若冲の殆どの作品が海外に流出しているのと同じだ。もっと言えば、僕が幼い頃に写った家族写真を、全くゆかりのない人物が「コレクション」として所蔵していたとしたらどうだろう。僕の名前の入った母子手帳を隣のおばさんが「趣味」として持っていたらどんな気持ちになるだろう。考えすぎだろうか。

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ルーブルを駆け足で回った後、カルーゼル庭園にあったPAULでとりあえずランチをとることにした。ローストしたチキンをサンドしたものとピザパンを千歌ちゃんと半分こした。(これも例によって量が多い)
それから、ルーブル美術館のエリア内に併設しているパリ装飾芸術美術館に入った。

さてさて。これ以上はアートが頭に入ってこない。飽和状態である。しばらくアートのない世界にいたいと本気で思ったほどだった。

また、大量の作品を一度に観るのではなくて、僕はやはり〝企画〟としてのエキシビションが好きだ。馴染みのある作品が、学芸員のコンセプトや切り口ひとつで違った印象に変わるような編集と展示方法に興味がある。無数に吊された牛肉の塊より、調理され、盛り付けられた一枚の皿を眺める方が楽しい。

16時頃、アトリエに戻って夕方から開かれる「凪」展のベルニサージュ(レセプション)に備えて、少し部屋で身体を休めることにした。お腹の具合は、昨日、史絵さんから頂いたビオフェルミンのお蔭で、大分、落ち着いてはいたけど、本調子とは言えない。

ドレスコードは「SARAXJIJI」。皆、野田さんの服を着て華やいでいた。パリは寒いと予想していたけれど、お気に入りのオックスフォードリネンコートを着るには、ちょっと暑い。僕は着心地のいい紺のTシャツと白のサルエルパンツ、派手な黄色のソックスに黒のDANSKOを履いた。(つづく)
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ピカソ美術館に行く前に、腹拵え。玉置さん情報にあった「ラズ・ドュ・ファラフェル」でファラフェルを食べる。ファラフェルというのは、ヒヨコ豆やそら豆のコロッケを、キャベツの千切りや揚げナス、きゅうりに赤キャベツの酢漬けなどと一緒にピタパンではさんだ中東のサンドイッチみたいな食べもの。店の前にはテイクアウトを注文する人で大変な人だかりだったけど、店の中は割合に空いているようだったので中に入って食べた。かなりボリューム満点。
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手元にいつも置いているピカソの画集には「パリ. ピカソ美術館」という表記がついている作品がいくつもある。例えば僕が好きな新古典主義の作品・・・「座る女」や「雄牛の頭部」という自転車のサドルとハンドルのアッサンブラージュ、或いは、「軽業師」だとか、そういった作品は悉く展示されて居らず、かなりマイナーなものが多かったし、僕は昔からそうなのだけど、画集や作品集・・・つまり実物を目の当たりにするよりも印刷物で作品を鑑賞する方が好きみたいなのだ。だから、青の時代の「セレスティーナ」や「自画像」、マリー・テレーズ・ワルテルを描いた「座る女」を観ても、なるほど、と思うだけで、特にグッと来るわけではなかった。これはいつも不思議に思うことなのだが。しかし、中庭にギョーム・アポリネールの記念碑「ワイヤー・コンストラクション」が置かれているのを観た時は、僕が考えていた以上に大きい作品だったことが分かると、やはり実物を見て良かったとも思う。
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さて、ポンピドゥーセンターに着いた頃には、僕はすっかり疲れてしまっていた。既にロダンとピカソを堪能したあとだったので、これからさらに大量のアートを観るには脳内のメモリは充分でないように感じていた。

凡そ1900年からの、パリを中心としたアートの流れ、60年代のポップアートでその流れがアメリカを中心に変わる様子。そして、現代に移っていくにつれ、あらためてアートの曖昧さを再認識した。

セザンヌやブラックの作品は初めて観るものだった。多視点を絵画に導入したセザンヌは、その後、ピカソやジョルジュ・ブラックによって提唱、創設されるキュビスムの形成に多大な影響を与えたのだが、セザンヌの作品とブラックとピカソのキュビズムの作品がひとつの部屋に展示されていた。

彼らは周辺の画家の作品から刺激や影響を受け合い、作品に反映させた。これはとても興味深いことだと思う。ブラックはセザンヌやマティス、ピカソの影響が渾然一体となった作品を制作したし、ピカソもセザンヌ、マティス、ブラックの影響が濃い作品を描いている。特にキュビズムの終盤あたりはブラックとピカソの作品は見分けがつかないほどだ。
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「現代ゾーン」の作品は、アートが如何に境界がなく曖昧なものであるかを顕在化していた。こうなれば何でもアートだということになる。アートとは何だろう。この問いのヒントになりそうな一節がある。「最近はなにもかもあんまり悪いので、悲惨でさえなければそれはとてもいいということになる」。そしてこうも言っている。「なんでもアートなのさ。お前がなにかを特に眺める。お前がなにかを特に見つめる、お前が何かを特に他のものから別にする。みんなアートなのさ」。(つづく)